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§小麦・水稲栽培における新規被覆尿素施用が生育および温室効果ガス排出へ及ぼす影響(後編)
東京農業大学 応用生物科学部
農芸化学科 土壌肥料学研究室
犬伏 和之
大島 宏行
加藤 拓
§「食」と「農」のこれから
行動変容2 行動変容ステージ
Farm Frontier Inc.
取締役会長 藤井 弘志
東京農業大学 応用生物科学部
農芸化学科 土壌肥料学研究室
犬伏 和之
大島 宏行
加藤 拓
前編で述べたコムギ栽培試験にて使用したライシメータは栽培終了後,下方バルブを閉め湛水し水田へと転換させた。水稲栽培試験では,湛水状態から排出される土壌水に焦点を当て,土壌浸透水による被覆肥料の溶存N2O,CO2排出への影響を大気へのCH4と合わせて調べた。さらに田植え前の代掻きによる被覆肥料への影響も調査した。
供試作物は,埼玉県で育成された晩生の品種である「彩のかがやき」を使用した。水稲作で使用した肥料の種類は,コムギ作と同じものを供試し,表2に施肥設計を記載した。

試験区はコムギ作で用いた被覆肥料区4区を代掻きの時間の違いでさらに2区ずつに分けた。すなわち代掻きを5分間行った被覆尿素区が2区,代掻きを10分行った被覆尿素区が2区,埼玉県の施肥基準に順じた尿素を施肥する対照区を2区の合計6区設けて栽培試験を行った。
栽培期間中に草丈と茎数およびSPAD値の計測を行った。土壌水の採取は,水田作成時に採水管「ミズトール(畑地用):DIK-8392」(大起理化工業株式会社)を設置し,採取の際に専用のシリンジを取り付けて採取した(図12)。

土壌水の採取頻度は,栽培初期は約2週間に1度,栽培中期から後期にかけては週に1度の頻度で採取した。収穫後は全体の重量を測った後,部位別の新鮮重量と水分含有量を算出した。
溶存成分は以下のように測定した。土壌水の採取時に採水管「ミズトール」で採取した土壌水とシリンジ上部に溜まった気体をその場で真空バイアル瓶に移した。採取した土壌水と気体が含まれたバイアル瓶を,前編と同様ガスクロマトグラフィーで測定した。無機態窒素量,植物体および土壌の全窒素量も同様に定量した。また水稲体経由のCH4フラックスも測定した。
水稲栽培試験で土壌水中のアンモニア態窒素量は8月から9月にかけて大きく減少し,後期にかけて僅かに増加傾向を見せた(図13)。これはイネの草丈(図14)の変化と対応していた。


一方で硝酸態窒素はどの区も増減を繰り返し,試験区ごとに一定の傾向が見受けられなかった(図15)。

土壌水中のCH4濃度とN2O濃度の変動では,CH4の方が圧倒的に多かった(図16,17)。これは水田土壌が嫌気性下にあったためと考えられる。


N2Oは8月の時点で濃度がかなり減少し,その後は試験区ごとでの濃度の変化は見受けられなかった。一方でCH4は栽培後期に濃度の増加が見られた。これは,今回の試験では一度土壌を好気条件にする中干しを行っていないため,土壌が栽培期間中を通して嫌気条件下にあったことが要因と考えられる。
積算の溶存CH4とN2O排出量(図18,19)では,N2Oは有意差がなかったのに対し,CH4では代掻きを10分行った区が代掻きを5分行った区より多くCH4を排出した。これは代掻きを時間をかけて行ったことで,土壌表面の有機物が土壌中にすきこまれ,嫌気性下でのCH4発生を促進した影響と考えられる。


水稲栽培中の水稲体経由CH4フラックスと積算排出量ともに有意差は認められなかった(図20,21)が,代掻き10分区で積算溶存CH4排出量は代掻き5分区や対照区より多い傾向が認められた(図22)。



コムギ栽培試験では対照区と被覆尿素区とでN2O間接排出量には有意差が見られなかった。N2Oの大気への直接排出量は減っていたが,間接排出量では被覆尿素肥料の影響を見出せなかった。
これは試験中に十分な透水量データを得られなかった区があったことも影響していると考えられ,再度,同一条件での試験での検討が必要である。CO2間接排出量においても同様に,対照区と被覆尿素区とで有意差は見られなかった。
一方でどの区でもN2O間接排出量およびCO2間接排出量が栽培後期にかけて増加しており,降水量も栽培後期に増加していた。同じようにライシメータを使用し試験を行った澤本ら(2010)のチモシー栽培試験でも,降水からの土壌水分の上昇によって間接N2O排出の要因である溶存N2O濃度が上昇したこと,さらにこれが大気拡散することでN2Oが排出されることが報告されており,多量の降水は間接的な排出を促進している可能性が考えられる。
硝酸態窒素量は,栽培後期にかけてどの区も大きな減少が見られた。これは地温上昇によるコムギの生長や,土壌での硝化および脱窒が進んだ結果と考えられる。アンモニア態窒素量も,気候が温暖になった3月以降に数値の減少が見られた。
しかし硝酸態窒素量と比較するとその減少はごくわずかであり,コムギ栽培試験においてアンモニア態窒素は土壌浸透水にあまり溶脱しなかったものと考察された。アンモニア態窒素においては金子ら(2002)のパンライシメータ試験において,肥料中のアンモニア態窒素は深さ1m以内で全て硝化または溶脱していた結果も報告されている。
水稲栽培試験では,初期にN2Oが一部の被覆尿素区で多く検出されたが8月下旬以降は検出されず,一方,後期には代掻き作業時間が長い区の方でCH4溶存量が増加した。これは本試験では,中干しを省略したことと,代掻き作業時間が長い区の方が,土壌表面の有機物が土壌中にすきこまれたものと考えられた。
しかしながら同じ試験区の中でも,代掻き10分区の被覆区1と被覆区2との間に大きく差が出ていたため,この試験においても再度の検討が必要であると考える。なお代掻き時の浮遊被覆殻数には差が認められなかった。
また,土壌水中の無機態窒素は,アンモニア態窒素量が8月から9月にかけて大きく減少し,後期にかけてわずかに増加傾向を見せた。これはイネがアンモニア態窒素を吸収して大きく生長し,後期にその吸収量が減少したためと考えられる。
一方で硝酸態窒素量は,どの区も増減を繰り返し,試験区ごとに一定の傾向が見受けられなかった。しかしながら,その量はアンモニア態窒素と比べて少なく,間隙水の主な溶存成分はアンモニア態窒素であることが考察された。
コムギ・水稲作における持続可能な被覆肥料の利用が温室効果ガスに及ぼす影響を,作土層だけでなく下層土や溶脱水と溶存ガスも含めた総合的かつ長期的な検証が今後,さらに必要となろう。
本稿の一部は国際窒素会議N2026で以下のように発表予定である。
Effects of new type of coated urea on wheat and rice cultivation, greenhouse gas emissions and dissolved gases from soil.
Kazuyuki INUBUSHI, Chihiro TAKATSUKA, Yasuha FUJIKAKE, Keita KOJIMA, Hiroyuki OSHIMA and Taku KATO
●農林水産省農産局 令和2年度プラスチックを使用した被覆肥料の流出実態調査(2021)
hihuku_hiryo_taisaku-28.pdf
●ジェイカムアグリ株式会社ホームページ「Jコート」(2024)
URL:https://www.jcam-agri.co.jp/product/Jcoat.html
●JA埼玉中央ホームページ『小麦「さとのそら」の栽培ポイント』(2015)
https://www.ja-sc.or.jp/garden/komugu_satonosora3/
●土壌環境分析法編集委員会(1997)
埼玉県ホームページ『「彩のかがやき」について』
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0904/komemugidaizu/kagayaki.html
●IPCC Fifth Assessment Report(2014)
澤本卓治・西田拓生・松中照夫:チモシーを栽培したライシメーター地下排水からの溶存N2O排出 環境科学会誌23(3)191-197(2010)
●Minamikawa, K., Nishimura, S., Nakajima, Y., Osaka, K., Sawamoto, T., and Yagi, K.:Upward diffusion of nitrous oxide produced by denitrification near shallow groundwater table in the summer: a lysimeter experiment, Soil Sci. Plant Nutr., 57, 719-732(2011)
●金子文宜・大塚英一・山本幸洋・大谷邦洋・犬伏和之・戴偉:パンライシメータ法による関東ローム堆積露地畑における土壌水および硝酸態窒素の浸透実態
土肥誌 73(5)501-507(2002)
●Mosier, A., Kroeze, C., Neison, C., Oenema, O., Seitzinger, S., and van Cleemput,:Closing the global Np budget: Nitrous oxide emissions through the agricultural nitrogen cycle. Nutr. Cycling Agroecosyst., 52, 225-248(1998)
●Sawamoto, T., Kusa, K., Hu, R., and Hatano, R.:Dissolved N2O, CH4, and CO2 in pipe drainage, seepage, and stream water in a livestock farm in Hokkaido, Japan, Soil Sci. Plant Nutr., 48, 433-439(2002)
Farm Frontier Inc.
取締役会長 藤井 弘志
新型コロナが感染拡大していた時期は,世界各国で緊急事態宣言が発出され,人々の行動は大きく変わりました。外出自粛,三密を避ける,マスク・手洗い・うがいの励行,リモートワークの増加など,それまでにない生活様式となりました。テレビや新聞でも連日のように感染者数や医療現場の大変さが報道され,専門家による解説を見るのが日常でした。
国や自治体からの要請という半ば強制的な要因とともに自分や家族・友人が感染することへの強い不安感,社会全体の雰囲気など,自らの意識の変化が行動を変化させた要因となったのではないでしょうか。コロナ後も健康に対する意識が高まり,マスク・手洗い・うがい習慣が定着した人が多いように思われます。
一方,普段の生活においては,自分の行動を変えたいと思っても,実際に変化させることは難しい場合が多いといえます。人間は「変わりたい」という気持ちと「そのままでいたい」という気持ちを同時に併せ持っています。変化した後の姿を想像しても,そこに至るまでの困難や費やす時間や労力などを言い訳にしてしまいます。
また,そもそも行動を変える必要があると思わなければ始まりません。他人から変えた方が良いと言われるとなおさらやりたくない,というへそ曲がりな面も持っています。
行動変容の考え方は医療の分野で禁煙の支援や健康習慣の定着を目的としたものが代表的です。厚生労働省の健康日本21アクション支援システムによると,行動変容のステージは5つの段階を経ていると考えられます。
「無関心期」→「関心期」→「準備期」→「実行期」→「維持期」の5段階(ステージ)です。後戻りや失敗も含みながら少しずつ階段を上るイメージです。

〇無関心期は,行動変容に関心がない時期です。
〇関心期は,行動変容に関心はあるが,まだ実行する意思がない時期です。
〇準備期は,行動変容に向けた行動を実行したいと思っている時期です。
〇実行期は,明確な行動変容が観察されるが,その持続に自信がない時期です。
〇維持期は,明確な行動変容が観察されて,その持続に自信がある時期です。
行動変容のステージを先に進めるには,今どのステージにいるのかを把握し,各ステージに合わせたアプローチが必要になります。ステージごとのアプローチ方法は,次のようになります。
①無関心期:行動変容の必要性を気づいてもらうことです。周囲の状況や行動変容しない場合の的に伝え,自発的な行動意欲を高めます。
③準備期:具体的な行動計画作りを支援して行動を促します。
④実行期:行動の結果を数値で示すなど継続するためのサポートを提供します。
⑤維持期:行動の結果をフィードバックし,さらなる行動を提案します。
農業分野において「土づくり」が停滞していることは大きな問題です。土づくりが有効なことは承知しているがなかなか実行できないという声が多く聞かれます。土づくりを実行しない理由として,身体的負担,労力不足,コスト高,具体的な方法がわからない,などをあげる場合が多いと思います。「土づくり」の実行を促すための段階を考えてみます。

「土づくり」に関心がないという無関心期にある人に対して土づくり手法などの細かいデータを説明しても面倒だと受け入れてくれない可能性があります。無関心期の人には,まず土づくりの必要性や,現状のままで土づくりをしないと作業は今までどおりで楽かもしれないが収量性が低下して損をするということを伝えるのが良いでしょう。
「土づくり」に関心があるがまだ実行する意思がないという関心期にある人に対しては,昔と今の違いや変化を示して「気づき」を引き出したり,土づくりを実行している人の成功例などを提供することで次のステップへの意欲が生じると思われます。
「土づくり」に関心があり実行したいという準備期にある人に対しては,土づくりの具体的な方法を示したり,土壌診断の結果から優先的に土づくりを行う圃場を考えること,土づくりに効果的な資材の情報を提供する,など具体的なアドバイスが土づくりに取り組む第1歩となります。
「土づくり」を実行しているが効果が実感できず続けるかどうか思案中という実行期にある人に対しては,土づくりの方法はいろいろあるので別の方法に変更してみるとか,効果が実感できなくても実際は変化しているということを数値やデータなどで客観的に示すことで,継続していくことの手助けとなります。
「土づくり」を実行しており効果も実感できている維持期にある人に対しては,その状態を継続するうえで支援が必要なことを聞き取りアドバイスしたり,新しい情報を提供することで続けていく力添えとなります。
今のままで良いという人をある方向へ誘導するための伝え方(背中を押すポイント,心の扉を開く)も重要です。
稲作技術において,省力・低コスト・多収(高収益)を目指すために,「側条施肥+苗箱まかせ」の技術はとても有効ですが,新しい技術を導入するのは心理的なハードルがあります。ハードルを越えて一歩を踏み出すための方法を考えてみましょう。
☆情報提供
・研修会や勉強会の開催。
・先進事例圃場の見学。
☆「側条施肥+苗箱まかせ」を実行している人からのメッセージの紹介(優良事例,モデリング)
・活着が良好で茎数確保が容易。
・肥料が株元にあり,少しずつ窒素供給される。
・登熟期でも葉色が落ちない。
・収量がアップした。
・肥料効率が良くコスト削減になる。
☆強制されてはいない,選択の自由はある
・まず,一つの圃場をやってみる(「お試し」の提案)。
・他人から決められるより自分で選択することが大事。
☆見える化
・「側条施肥+苗箱まかせ」の圃場と従来のやり方の圃場を比べて観察する。
・生育状況や収量・品質などの数値で具体的に比較。
稲作農家の現状を見ると,農家の高齢化や農業の担い手減少が進む中,経営規模が拡大し,きめ細かな作業ができにくくなっています。省力化,効率化の観点から,被覆肥料への移行は間違いなく進むと予想されます。さらに,追肥の時期が暑くなっており,その中で動力散布機を背負って田んぼに入って散布したい農家は少ないと考えられます。
「苗箱まかせ」を普及するには,さまざまなメリットをPRするとともに,使い方を丁寧に指導することが農家にとって安心材料になります。いくら良い肥料でも使い方を間違えると良い稲にはなりません。正しく使うことで,「苗箱まかせ」の良さがより深く理解できると思います。
農家の方は考え方も多様であり米作りのやり方も多様です。今までやっていない新しい技術が通用するのか,実利面,客観性から明らかにすることが重要です。農家の方が自分の営農にプラスになると納得できれば,その技術が広まっていきます。稲作農家にとって,収益性が向上すること,労力や時間の負担が軽くなることが一番のモチベーションになると考えられます。
●厚生労働省 健康日本21アクション支援システム
~行動変容ステージモデル~
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/exercise/s-07-001